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All about Street Fighter3 3rd strike

脳梗塞でゲーセンに来れなくなった友人の話

友人Nのはなしをする。

彼がいたことで、僕は格闘ゲームを好きになれた。
ゲームを通じた友人もできた。

友人Nが脳梗塞で倒れたのは2019年夏のことだ。
彼は半身に麻痺が残り、今は両手を使う作業はできない。もちろんゲームもだ。
マヒ、と書くとゲームの状態異常のように感じる。だがこれは現実に起きたことで、僕はまだそれを受け入れきれていないように思う。


Nと僕の出会いは高校までさかのぼる。
それまで僕はまったくの格闘ゲーム初心者。コンボのコの字もわからず、家庭用でガチャプレイを楽しんでいた。

高校1年から2年に上がり、クラス替えがあった。僕とNは同じクラスになり、話すうちにNが格闘ゲームが好きであること、たまたま同じタイトルで遊んでいたことを知った。

Nは当時の僕にしてみれば「先生」だった。情報弱者な僕に、コンボからキャラ対策、攻略掲示板の存在まで、何もかもを教えてくれた。

そしてNは僕をゲームセンターに連れていってくれた。
対戦台を通して見る格闘ゲームは、それまでの初心者家庭用プレイとはまったくの別世界。
僕はすぐにゲーセン通いにのめりこみ、今はなき渋谷の「さくらや」でアーケードコントローラーを買った。HORI製、とても小さなサイズのモデルである。

僕の家にアケコンを持ち寄り、PS2でNと対戦することもあった。僕の中学の友人も集まり、「闘劇魂」を読みながらワーキャーワーキャーと対戦した。

大学生になり、社会人になってもNとはしょっちゅう会い、ゲーセンに行くことになる。
社会人になると友人ができづらい、とは言うが、社会人になっても格闘ゲームを通して友人が増えたのは紛れもなくNのおかげだと思う。
これからも自分たちはゲーセンで、"高校13年生"をやっていきたかった。

それが崩れたのが、昨年夏のことだ。


とあるなんでもない日の晩。スマホにNからの着信。Nの父親からだ。声のトーンから、すぐにただごとでないと悟る。
「Nが、脳梗塞で倒れました。手術は成功して、命は助かっています。いま●●病院に入院しています」

聴きながら、僕は冷静を保とうと必死だった。Nの父親の声が震えていたおかげで、逆に僕は冷静でいられたのかもしれない。

Nの父が続ける。

「病院に運ばれて、Nは意識もぼんやりしていたのですが、あなたの名前を何度も呼んでいました。Nの携帯を見て、あなたの名前を探して、こうして連絡しました」

涙を止められなかった。

電話口の僕の嗚咽を察知したのだろう、Nの父親も泣いていた。


すぐにお見舞いにいった。
脳に出血があったからか、Nは終始ぼうっとしていて、こちらが話しかけていることもあまり理解できていないようだった。体も起こせない状態だった。

付き添っていたNの母親が搬送当時のことを詳しく説明してくれた。
説明を聞きながら、僕はまた泣いてしまった。命が助かってよかったと、それだけを繰り返した。

Nも泣いていたし、Nの母親も泣いていた。

月日がたち、Nは今リハビリの施設にいる。半身はまだ完全には動かない。
だが以前は寝ている状態から体を起こすのも困難だったのが、最近は自力で起き上がり、手すりがあれば介助がなくても歩けるようになった。

最近の趣味はスマホゲームとYouTubeの動画鑑賞だという。やはり片手でできる遊びは限られてしまう。

何も考えず、ただ格ゲーが楽しい、対戦が楽しいと思える時間は終わってしまった。
緊急事態宣言が終わり、ひとりでゲーセンに行ってはみたが
「ここにはNはいない」そればかりが頭をよぎり、純粋に楽しめなかった。

今の僕がNにしてやれることは少ない。日々つらいリハビリに励むNに、たわいのないLINEをし、ゲームの新しい情報を送って雑談するくらいである。

最近のLINEでNはこう言っている。
「やっぱりグラップ仕込みヘッドバットを使えないと格上相手にはキビしいかな」

Nは格ゲー復帰を全く諦めていない。
それが嬉しかったし、何もできない自分の歯がゆさを余計に自覚した。

Nがいつかゲーセンに復帰するなら、僕は彼が帰ってきたときに負けないよう、精進するだけである。

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